旅するやまねこ舎のつれづれ

旅するやまねこ舎@ローカルブックストアkita.(横浜・馬車道・北仲通り)棚主やまねこが本について語ります😸

ある大学教員の日常と非日常 横道誠 著

10月も半ばを過ぎ、朝晩は寒くなってきた。冬用の寝具を出したら眠り過ぎて…早起きできない季節の到来⁉️

前回に引き続き、横道誠さんの旅行記(コロナ禍中のウィーン、ポーランド紀行)を読んでみた。

「ある大学教員の日常と非日常」

横道誠 著

2022年10月15日初版発行

発行所 晶文社

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横道誠さんの勤務する京都府立大学には授業や会議等の業務から離れて大学以外の場所で研究に専念できるサバティカル休暇(半年間)という制度がある。50歳以下の教員は順番に取得できることになっており、文学部准教授の横道さんに順番が回ってきたのは2021年10月のこと。

オーストリア🇦🇹ウィーンへの渡航を決め、約半年前から準備する。ウィーン大学から招聘された横道さんは、ビザ取得、住民登録以外に、コロナ禍ゆえのワクチンパスポート提出を求められることとなる。

煩瑣な手続きを抜かりなくこなし、ご自宅の電気、ガスの契約を止め、準備万端で空港へ。…が、羽田空港から出国の際に、出国審査を通過できなかった。

出国審査官に促され、パスポートセンターにその場で連絡する。横道さんの脳裏に甦ったのは2015年にパスポートを再発行した記憶。

再発行時に紛失したと思われていたパスポートが後から出てきたが、それは自動的に無効となっている。その無効になったパスポートを携えて出国審査を受けた(出がけに有効なパスポートを持ってくれば良かったのに)横道さんは出国を諦め、預けた荷物を取り戻し、旅行をキャンセル。費用はほとんど戻らない。

この出国失敗のエピソードをTwitterで出版社の編集者に送ったところ、本書の出版が実現した。転んでもタダでは起きない横道さんに拍手👏

京都市のご自宅に戻り、再出発に向けて準備を進めるが、オーストリア政府は全都市封鎖(ロックダウン)を何度も行っており、延長の可能性も高い。そのため予約した航空会社からの変更や、ホテルからのキャンセル、返金の連絡がある。

航空会社の予約変更を承認した翌日の11月29日には新種オミクロン株が発見され、日本政府は30日以降の外国人入国を停止。

横道さんが無事出国を果たしたのはその翌日の12月1日のこと。ウィーン到着後の記述は前作「イスタンブールで青に溺れる」と同様、文芸作品のカケラを拾い集めながら楽しめる「当事者紀行」である。

ポーランドにも足を延ばし、戦跡(アウシュビッツ、ビルケナウ)を訪ねるが、折しもロシアのウクライナ侵攻開始(2022年2月24日)という事態に。ウィーンからクラクフ(ポーランドアウシュビッツ収容所へ向かう基点)への列車ではウクライナから避難する多くの人々(女性、子ども)と乗り合わせる。もはや戦禍と隣り合わせである。(そして現在も未だ終結の見通しが立たない。)

なんとも数奇な運命に遭遇した著者の体験記。ぜひご一読くださいませ。

横浜市立図書館へ本日返却致します。延滞して誠に申し訳ありません🙇‍♀️。

イスタンブールで青に溺れる 横道誠 著

早、10月。今年も3ヶ月を切った。めっきり暮れるのが早くなり、1日があっという間に終わってしまう。先週末にまたひとつ歳をとったが、なるようにしかならないと開き直り、横道誠さんの旅の本をゆーっくり読んだ。

イスタンブールで青に溺れる」

横道誠 著

2022年4月28日第1刷発行

発行所 株式会社文藝春秋

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本書は探検家の高野秀行さんが推していた横道誠さん(京都府立大学准教授、専門は文学、当事者研究)の旅行記

書かれているのは、訪ねた25都市(ほとんどが西欧、加えてモロッコ、エジプト、アメリカ、東南アジア、最後が沖縄)での極めて個人的なエピソードであるが、世界を独自の感覚で受け止め、想起された文芸作品の断片とともに開示する。

副題に「発達障害者の世界周航記」とあるが、著者は40歳の時に自閉スペクトラム症、注意欠陥多動症であるとの診断を受けた。

体の軸芯がゆれ、ふらふらした印象を持たれる。歩くときに両くるぶしをコキコキ回す。簡単な運動でも集中力が爆発的に跳ね上がるため、大きなうねりに流されているような神秘的な感覚を得られる(スポーツ選手の「ゾーン」に相当する)という特性を持つ。

スイスのマイエンフェルトでは、『アルプスの少女ハイジ』の村を延々と歩き、ハイジに自身の体験を重ね、心の病から回復する過程を追体験する。

青に惹かれ、「みんな水の中」という世界を生きる筆者には、モロッコカサブランカのハッサン2世モスクは、青カビが生えたブルーチーズの珍味を連想させ、サハラ砂漠の入口では「自分の体が白い砂塵となって消えてゆく」という想像がわきあがる。筆者曰く「みんな水の中」の世界観の変奏である。

筆者は主にドイツ文学の研究者であるが、ベルリンで本格的な語学学校に入学した際、ドイツ語の文法、語彙は、ほぼ完璧(筆記試験はいつもトップ)なのに、自己紹介から何から口語コミュニケーションに難渋したエピソードなども書かれている。

旅した場所で捉えた物事を、独自の感覚で表現したユニークな旅行記(あとがきには「当事者紀行」とも)として、また豊富な文献の引用を辿り、文芸研究的な視点からも楽しめるエキサイティングな1冊です。

明日kita.の棚に置きますので是非ご覧くださいませ。

猫 クラフト・エヴィング商會プレゼンツ 井伏鱒二、谷崎潤一郎 他 著

やまねこが生まれる前の猫さんたちの暮らしを、クラフト・エヴィング商會クロネコさんがこっそり教えてくれた…😸❣️この本は地元の古書店さんの棚にひっそり隠れていました📕

中公文庫 「猫」

クラフト・エヴィング商會プレゼンツ 井伏鱒二谷崎潤一郎 他 著

1955年 中央公論社より発行、2004年7月 クラフト・エヴィング商會の創作、デザインを加えて再編集し中央公論新社より発行

2009年11月25日中公文庫 初版発行

2011年7月30日 4刷発行

発行所 中央公論新社  

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猫でおなかいっぱいになるアンソロジー😸

大正から昭和20年代にかけてのエッセイ。11名の著者が身近に生息した猫たちに温かい目を向けている。文体(中には文語体も)や語彙(ルビがないと読めない😹)に時間の流れを遡る心地よさは猫たちのお蔭だ。

愛玩の対象ではなく、捕鼠の目的で飼われていた時代の猫には、暮らしの必需品としての地位があり、そこかしこから猫の鳴き声がする。

多くのエッセイには猫の出産に関する描写が見られ、そのもの凄さに驚かされる。

大佛次郎(おさらぎじろう)氏のお宅の猫は長生きで、ミミ(別名「隅の隠居」)は飼い始めて十五年めに果物のカゴの中で静かに天寿を全うする。また、癌のために11歳で旅立った雌猫は多産で、生涯に150匹の子を生んだそう(1年3回、1度に5匹、10年で150匹)…いやあ、お疲れさまにゃん🙀

…で、生まれた子猫ちゃんたちは一体どこへ行ったのか、大佛氏には疑問である。

猫のしっぽを羨望の眼差しで眺めるのは谷崎潤一郎氏で、しっぽは無用の長物であるという寺田寅彦氏に反論。しっぽがあれば、声を出すのが面倒な時にしっぽで応答できる、横着なような如才ないような複雑な気持が、その簡単な動作によっていとも巧みに示せる。訪客の相手をするのに飽きてきた時、受け答えに「想像の尻尾」を振っているというのが面白い。

民俗学者 柳田國男氏の各地に伝わる「猫の島」の話も興味深い。野良猫は中世から観察されており、和歌にも詠まれ、家の猫よりもずっと逞しくバッタやトカゲを食って生き延びたようだ。「猫の島」には犬は入れない。犬猫の仲は最悪らしい。

クラフト・エヴィング商會の装幀がステキ💓

クロネコちゃんがページのあちらこちらに隠れています🐈‍⬛。

旅のラゴス 筒井康隆 著

久々の更新です。

やまねこは、ここしばらくラゴスさんと旅に出ていました。でも一緒に転移できませんでした。

新潮文庫 「旅のラゴス

筒井康隆 著

1986年9月 徳間書店より刊行、1989年7月 徳間文庫に収録

1994年3月25日新潮文庫版 発行

2014年1月25日16刷改版

2015年12月5日33刷

発行所 株式会社 新潮社

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人生初のSFは小学生の頃読んだ「時をかける少女」だったか?NHKでテレビドラマ化され、後に映画化されたが映画は観ていない。確か、ラベンダーの香りを嗅ぐとタイムトラベルできるということだったと思うが、小学生の頃にはラベンダーを知らず、なんだか暗くて奇妙な超能力少年が不思議だった。

さて、久々の筒井ワールドは現実逃避の楽しい時間。

本書は「旅するやまねこ舎」にちなんでタイトルに「旅」がつく作品を検索したらヒットした。

ラゴスは一体どんな旅をするのか…タイムトラベルか?と思いきや、正統派の冒険旅行であった。彼の移動手段は「スカシウマ」。一体どんなウマ⁇…読了後も詳細は不明だが、長い長い旅のパートナーである。

まず放浪する牧畜集団に加わり、牛馬を売りに行くために北方の都市リゴンドラへ。スカシウマ6頭、ミドリウシ11頭を残して牛馬は買い取られ、残った家畜と40人ほどの集団は多くの荷物を持って円陣を組む。ビタハコベの白い花が咲くシュミロッカ平原へ集団転移するためである。パイロットを任されたラゴスは周囲の人やけものと同化、シュミロッカ平原への思いを喚起することでトリップを成功させる。

ここまでは良かったが、この後は何度も囚われそうになり、2度も奴隷にされる。

ボロの盆地では、先祖が残した本を読むために逗留の末2人の娘と結婚し、「王様」と呼ばれるが15年過ごした「王国」を去り、最後の旅に出る。

(他のエピソードはネタバレにならないように割愛します。)

まあなんともいろいろあったが、読み終えてみると、これはラゴスの半生を描いた真面目な小説で、奇異な世界の話ではない。特に後半はラゴスの葛藤や逡巡に引き込まれて、切ない気分になってくる。

村上陽一郎氏の解説も秀逸です。

新版 レミは生きている 平野威馬雄 著

台風7号は西日本に甚大な被害をもたらし日本海へ抜けた。すると再び猛暑日が戻ってくる。

終戦の日の昨日、アメリカ人の父と日本人の母をもつが故に日本社会から排除された経験を綴った名著「レミは生きている」を、和田誠さん(威馬雄さんの娘婿)のイラスト入りの新版で読んでみた。

ちくま文庫「新版 レミは生きている」

平野威馬雄 著

2022年8月10日 第1刷

発行所 株式会社 筑摩書房

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著者の平野威馬雄さんは、歌手で料理家の平野レミさんのお父さま。あとがきには、後年、威馬雄さんが主宰した「レミの会」(混血児の支援活動)開催時に、レミさんが母、清子さんの料理を手伝ったことが現在のお仕事にずいぶん役立っている、とある。本書はアメリカ人の父と日本人の母を持つ威馬雄さんの幼少期(1900年生まれ)から、太平洋戦争後までの回想記。

横浜の港が見える野毛山に住む威馬雄さんに、父はアメリカからたくさんのプレゼントを送ってくれる。しかし、幼い威馬雄さんに会うことは、5年に1度とか8年に1度しかない。威馬雄さんにはその理由がわからない。父はプレゼントに「かわいいイマオさん」とか「かわいいレミちゃん」と書き添えてくる。「レミ」とは父が大好きな、フランスの作家エクトル=マーローが書いた「家なき子」に出てくる男の子の名前であることを母に知らされるが、そんなふうに呼ばれることが威馬雄さんは嫌でたまらない。(後年の活動を「レミの会」と命名した起源はここにある。)

ある日、小学校の友だちに、みんなの前で、父が西洋人であることを指摘されるが信じられない。息せききってうちへかけ込むと、母は悲しそうにうつむくばかり。そんな母は人に「らしゃめん」と蔑まれることを心から恐れていた。

今から100年以上昔、明治時代の横浜の話。

「レミ」たちの背景には、日米関係の変遷がある。その後、太平洋戦争終結後も横浜は1952年までアメリカに接収されており、多くの「レミ」たちが生まれた。

横浜市のサイトのリンクを貼ります。

https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/seisaku/torikumi/kichi/sesshu/yokohhama-rekishi01.html

威馬雄さんは横浜山手の外人墓地に眠っています。横浜へお越しの折は是非訪ねてください。


なお、1977年に講談社より発売された旧版も味のある素敵な装丁の本です。入手は難しいかもしれませんが、横浜市の図書館で借りられますよ!

未来国家ブータン 高野秀行 著

猛暑日は一体いつまで続くやら…こんなに暑くちゃヒマラヤの氷河も溶け出すんじゃないの⁉️

暇にまかせてヒマラヤの小国ブータンの本を読んでみた。

「未来国家ブータン

高野秀行 著

2012年3月 集英社より単行本刊行

2016年6月30日 文庫版第1刷

発行所 株式会社 集英社

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本書は、ブータン王国の農業省、国立生物多様性センターと業務提携したバイオベンチャー企業(代表は二村さん)の調査に、同社の顧問として同行した高野秀行さんが「ブータン雪男白書」の作成を目論みワクワクする話。

これまでに高野さんは世界各国の未確認動物を探し回ってきた前科(⁈)があるが、一つも見つかっていない。

今回の調査にあたり、バイオベンチャー企業代表の二村さんは生物多様性センターのプロジェクト主任に「ああ、雪男ならいますよ」と平然と言われ、高野さんは大いに期待する。

ブータン王国公用語であるゾンカ語で雪男は「ミゲ」。東部では「ドレッポ」とか「グレポ」などとも呼ぶらしい。

ブータン王国は九州を一回り大きくしたくらいの面積に人口約70万人弱。人口規模は八王子市と同じくらい。観光客の入国を制限しているため、国民の伝統的な暮らしが守られている。標高2000m以上だが、酒好きな人が多く、「アラ」という焼酎で歓待される。高地なのでお酒の回りが早く、高野さんは度々二日酔いに…そんな時は迎え酒で治すというのがブータン流のよう。

ブータン王国を横断する中で、それぞれの村に伝承される雪男と思しき生物のことを聞き書きする高野さんは、岩手県遠野を訪ね、「遠野物語」を著した柳田國男さながらである。(ご本人もかなり意識されているよう。)

これ以上はネタバレになるので、是非本書を手に取ってお読みください。損はさせません!

高野さんの名調子に誘われ、ブータンの奥地にまで分け入り、現地調査に同行しているような醍醐味が味わえる一冊です。

最後に、2011年(東日本大震災の年)に来日したワンチュク国王の動画(ANN news)のリンクを貼っておきます。

https://youtu.be/XO4M4itVgpY

来週あたり、kitaの棚に置きますね😸✌️

野良猫を尊敬した日 穂村弘 著

毎日猛暑で消耗する。今日は曇っているので少しだけ涼しいかも⁇

数ヶ月ぶりに整体院にお世話になる日々。身体が弱ると心も弱る。

こんな時、手に取ったのは、NHKラジオ深夜便(第1月曜日)明日への言葉「ほむほむのふむふむ」https://www.nhk.or.jp/shinyabin/homufumu.htmlでおなじみの穂村弘さんの自虐ネタ的(⁈)エッセイ。ごろごろしながら読んでみた。

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「野良猫を尊敬した日」

穂村弘 著

2017年1月 講談社より単行本刊行

2021年2月16日 文庫版第1刷

発行所 株式会社 講談社  

本書所収のエッセイは、主に2010年から2016年に北海道新聞に連載されたもの。帯には「ほっこり、肩の力が抜けるエッセイ62篇!」とある。

多くは「ほむほむ」こと穂村さんの失敗談的エピソードだが、転んでもただでは起きない…というより、転んだままずーっとそこにいる。「ほっこり」というより、ちょっと心配になる。こんなふう(に小心モノ)でもちゃんと生きていけるから大丈夫、、というメッセージなんだろうか⁇

タイトルに登場している「野良猫」は、一瞬一瞬をただ全身で生きている「命の塊」。その日の食べ物すらキープしていない。何一つ所有することなく一生を過ごす。

…ここからはネタバレになります。

穂村さんは大事な講演会の前日に風邪をひいて発熱。キャンセルできない窮地に追い込まれ、ふらふらの頭の中で、野良猫への尊敬の思いが膨れあがっていく。…で、汗びっしょりの一夜を過ごした後、野良猫パワーのおかげか、人前で話ができて、帰宅するとまた発熱。ご自身の潜在意識の中の野良猫が目を覚ましたのかも…😸⁉️

17年間の会社員時代、ちょっとした気配りが裏目に出てしまったエピソードや、広いお風呂や広すぎるトイレが落ち着かなかったりする穂村さんには親近感を感じるし、トイレを探す夢をよく見るというのは私と同じ。

いつかビールを飲みながらインタビューならぬ世間話をしてみたくなる。

8月第1月曜日のラジオ深夜便も楽しみです。